アルプスの山旅3

《3.長い停滞そして憧れの女王モンブラン[MONT−BLANC 4808m]へ》

モンブラン

モンブランボス山稜/登攀ルートは右の雪の稜線(クリックすると拡大します)

モンブランの地図

モンブランの地図(クリックすると拡大します)


7/28 600起床―1000シャモニー―1020,1100レズーシュ―1105,1200ベルビュー―1215,1220ニーデーグル―1435,1455テートルースヒュッテ―1825グーテヒュッテ(泊)―2030消灯

レズーシュロープウェイ乗り場 ニーデーグル駅にて グーテ小屋への登り グーテ小屋への登り グーテ小屋直下 グーテ小屋直下
ベルビュー駅にて グーテ小屋への登り グーテ小屋への登り

起きた時は雨だったので今日は駄目かと思ったが、8時頃晴れてきた。予定通りモンブランへ向うことにする。バスでレズーシュへ。そこからロープウェイでベルビューへ上がり、物置小屋のような小さな駅舎の横の草原に寝そべって、のんびりとサンジェルベから来る登山電車を待つ。終点のニーデーグルは標高2370m。3816m地点に建つグーテヒュッテを目指して歩き始める。南斜面のジグザグの小道を緩やかに登っていく。2時間ほどでテートルースヒュッテに到着、小屋の横で1本目。

ここから雪原の左にルートを取り、アンザイレンして、エギーユデュグーテの頭から伸びる稜の下に達する。雪崩れそうな雪のクーロアールをトラバースして雪稜を直上する。斜度は45度位か。グーテヒュッテが遥か上方に光っている。この登りは地獄だった。富士山の時以上に息が苦しく、頭が朦朧となる。なだらかな山容からは想像出来ない急斜面を直登するのだが、二人とも足が動かず、トレースは明瞭なのに、深いステップに潜った足を引き上げられない。一歩毎に大きく息をついて休む始末。
     急斜面 青息吐息 雪まみれ
しかし、雪が多く冬富士のようにガチガチに凍るということはないので技術的には難しくない。気温が下がって雪が降り出した。かなり寒い。完全にメロメロになってようやく小屋にたどり着いた。結局、1500m登るのに6時間も掛かってしまった。屋根も壁もジュラルミンで覆われたグーテヒュッテ[REFUGE DE L‘AIGUILLE DU GOUTER]に入ると、入り口の床には鉄板が張ってあり、アイゼンを外してザイルやピッケルと一緒に腰板の釘にぶら下げることになっている。

部屋はもう満員だった。ベッド2つに3人詰め込む感じ。横になっても脈拍は105ある。頭がズキズキしてしんどい。ふらふらしながら何とか自炊してベッドに潜り込んだのは20時半頃だったろうか?

グーテ小屋 グーテ小屋 グーテ小屋 グーテ小屋
グーテ小屋

7/29 400起床―停滞1日目―

  起きたら吹雪なので様子を見る。しかし、当分収まりそうにないので停滞と決定。ほとんどの連中は下山していく。ピッケル、アイゼン、ヤッケ上下にオーバー手袋、ロングスパッツ、目出帽、ゴーグル、最後にゼルバンを付けてアンザイレンと皆完全な冬山登攀スタイルだ。我々はいくらアルプスでも真冬並の風雪になるとは夢にも思わず、ダブルのヤッケやオーバー手袋、目出帽等は装備リストから外した。吹雪かれたら雨具とウールの手袋・帽子でカバーするしかない。(アタック時の写真を見ると何とも締まりのないスタイルになっている)

ラジオの天気予報を聴くことも出来ず、天気がどうなるか見当が付かないが、このまま帰るのはもったいない。頭痛は多少軽くなった。疲れが取れたら頭もすっきりするだろう。ここで高度馴化しておけば後が楽になるはず。残ったのは10人程。東雲山岳会のN氏夫妻もいる。日本から持ってきたインスタントの味噌汁を飲んでみる。「うまい」安静時の脈拍は88まで下がった。夕方になってかなり晴れてきた。「明日は何とかなるんじゃない」景気付けに晩飯はステーキディナーを注文。19時頃、日本人4人パーティーが登って来た。

7/30 ―停滞2日目―2000消灯

グーテ小屋

また今日も風雪の為アタック中止。まだ頭がガンガンする。脈拍は80前後。もう持って来たパンもなくなったので全部小屋食にするしかない。メニューは朝はフランスパンとコーヒー。昼と夜はビーフステーキと決まっていて豪勢なのはいいが、1日一人100FF近く掛かる。「マイッタナー」時々下界が見えるがすぐガスってしまう。4日も掛けてだめだったらどうしようもない。今シーズンは天気が悪過ぎる。午後、外へ出て小屋番の子供たちと氷を削って遊ぶ。二人とも小学生なのだが、夏休みの間は一家全員ずっとここにいるようだ。本当に良く降る雪だ。憎たらしい。明日も余り期待出来ない。
     吹雪かれて 山小屋居着く モンブラン

7/31 130起床―315グーテヒュッテ出発(第1回アタック)―650ドーム直下付近で引き返す―830グーテヒュッテ―停滞3日目

  曇りだが晴れ間あり、月がぼんやり見える。風はない。「何とか行けそう」皆出発の準備を始めた。長い停滞の後だけに我等二人とも興奮気味である。3時過ぎ、ヘッドライトを点けて歩き始める。彼等はすごいピッチでどんどん行ってしまい、たちまち見えなくなってしまった。荷が軽いとはいえ、日本の冬山のペースとは全く違う。また雪が降り始め、段々激しくなる。

付けられたばかりのトレースがまたたくまに消えそうだ。視界は200m程。7時前、ドームドグーテ直下辺りで、皆引き返してきた。仕方ないので一緒に引き返す。膝上までのラッセルになる。8時半、小屋に帰着。またもや停滞である。やっぱり本場アルプスは厳しい。真夏というのに日本の冬山並の風雪になる。それにしても欧米人のパワーはすごい。歩くペースが桁外れに速く、しかも何時間も休まない。我々も日本の山ではコースタイムの半分位で歩いているのだが、全然付いて行けない。

しかし、天気が悪いなー。憂鬱な気分。モアヌ針峰も駄目だったし、この分では一つもピークを踏めずに敗退になりそう。マッターホルンも多分無理だろう。時間とお金を掛けて遠路はるばる来たのに残念だ。明日は下山しよう。もう疲れた。高度障害が完全に取れたことだけが収穫かな?3日も小屋に塩漬け。惨めだ。
     皆下りて さびしき山小屋 我残り
グーテ小屋

 
N氏夫妻も下りてしまった。残っているのは、横浜蝸牛山岳会のT氏とドイツ、イタリア、アメリカ人のみ。総勢10数人。なんと地元のフランス人は小屋番だけ。自然に皆集まって、4カ国合同の宴会になった。小屋番がワインを差し入れてくれたので盛り上がる。ドイツ人がビアホールの歌を歌い、イタリア人もアメリカ人も続く。「君等も何か歌え」うながされて黒田節を披露する。言葉は解らないがすごく面白かった。お陰で滅入った気分が晴れた。明日は頑張ろう。
     グーテ小屋 国際宴会 黒田節


8/1 340起床―505グーテヒュッテ出発(第2回アタック)―750ドーム手前で引き返す―930グーテヒュッテ―停滞4日目

グーテ小屋 グーテ小屋
 
北風は強いが、予想に反して快晴となったので5時過ぎに出発。しかし、8時前にドームを目の前にしてまたも退却。Gが調子悪い。吹き飛ばされそうな風でそこら中ものすごい雪煙。今日は久し振りに展望が利き、360度全部見える。ビオナセイの北壁も完全に真っ白。ドリュ、シャモニー針峰群も同様。赤い針峰群も半分白い。気温はかなり低く、雪はクラストした所もあるが大半はパウダースノーで膝から腿まで潜る。ラッセルやる人間がT氏と二人だけではとても登れない。

ドイツ人とイタリア人は「来年また来るよ」と下りて行った。我々はまた来る訳にはいかないので、ドイツ人二人とアメリカ人一人と共に残る。こうなると意地だ。今夏の最長滞在記録だろう。3000m辺りは一面の雲海。その上は雲一つなく晴れ渡ってまぶしい。昨日の猛烈な吹雪が嘘のようにポカポカして気持ちいい。靴とスパッツを小屋の外の手すりに吊るして乾かす。昨日はさびしかったが、今日は久し振りの好天なので続々登って来て満員になりそう。イギリス人がかなりいる。日本人は今の所我々だけ。とうとう5日目の夜を迎えてしまった。連日昼夜のステーキ定食にもいささか食傷気味。もう軍資金が尽きたのでいづれにしても明日が最後のチャンスだ。登れるだろうか?

8/2 130起床―230グーテヒュッテ出発(第3回アタック)―440ドーム―520,535バロ避難小屋―820,835モンブラン山頂―915,955バロ避難小屋―1130,1235グーテヒュッテ―1430,1450テートルースヒュッテ―1545,1610ニーデーグル―1625,1715ベルビュー―1730シャモニー

  快晴。満天の星空。「やったー!」2時半、3回目そして今日こそ最後のアタックへ勇躍出発。ヒュッテの裏手から一寸した雪面を登って右に向かう。ドームデュグーテ(4304m)までは幅広い雪原のような山稜をたどる。腰までのラッセル。ワカンがあれば楽なのだが。初めはガイドがラッセルしていたが、さすがにばてたらしく交代する。長い停滞で休養十分なので足は軽い。2時間ほどでドームに到着。その右下を通過して、広い雪面をやや下るとドームのコルである。ここはグランミュレからのルートとの合流点だ。

コルからストレートに登るとバロの避難小屋[REFUGE BIVOUAC VALLOT 4362m]に着く。ここから山稜は傾斜を増し、幅も狭まってくる。再び広くなるとグランドボス(4513m)続いてプチボス(4547m)の二つのコブを越える。ルートは雪稜を少し下り、上部のラツールネット(4677m)の岩に向かっている。

風が強くなり、コンテのザイルがあおられる。頂上直下の痩せたスノーリッジではたまたま先頭になってしまった。バージンスノーにピッケルを深く刺して強風に耐えながら、文字通りリッジに馬乗りに跨って慎重に進む。丸い頂からは想像も出来ない急傾斜のナイフリッジで両側が遥か数百メートル切れ落ちて迫力満点だ。
     吼える風 スノーリッジに 緊張す
8時20分、グーテヒュッテを出てから6時間。遂にアルプスの女王のピークを踏む。本当に「とうとう登った・・・」4日間吹雪に閉じ込められ、何度もアタックして跳ね返された末の登頂。この日のためにどれだけトレーニングをし、準備をしたことか。色んな思いが一気にあふれる。何とも訳のわからない気持ちで胸が一杯になり、涙がこみ上げてくる。Gも同じだ。
     アタックを 重ねし末の ピークかな
     銀世界 四囲を圧する モンブラン
     頂で 溢れる思い かみしめて
フランスイタリア国境線上のなだらかな広い山頂からはシャモニーの街がおとぎの国のように見える。東側には雲が掛かっており、グランドジョラス方面は見えない。残念ながら長い停滞の間にフィルムを使い果たしてしまい、この最高の瞬間の写真はない。しかし、この時の感動と光景は25年経った今も鮮やかに浮かんで来る。下りはすっかりトレースが着いていて、風も収まり春山の感じになった。ナイフリッジもトレースが付いてしまえば緊張感はない。何の不安もなく雪を蹴って軽快に下る。

昼前にグーテヒュッテに帰還、世話になった小屋番に別れを告げる。3時間ほどでニーデーグルに着き、登山電車、ロープウェイ、バスを乗り継いでキャンプ場にたどり着いたのは17時半だった。行動時間は13時間。

[シャモニー―レズーシュ(バス片道)4.6FF、レズーシュ―ベルビュー(ロープウェイ往復)14FF、ベルビュー―ニーデーグル(登山電車往復)14FF、グーテヒュッテ 二人で5泊 870FF]

 
8/3 休養

シャモニースポーツセンター シャモニースポーツセンター ロジエールキャンプ場最後の宴

 
快晴。今日はゆっくり起きて買い物と休養、荷物整理。カフェテラスLES DEUX AIGLESで昼食。60.5FF。山の店に寄ってみると「6日間もグーテヒュッテで粘った日本人がいる」ことがニュースになっていた。「それ、僕等ですよ」「えー、君達だったの。大変だったねー」すごく暑い。キャンプ場近くの池で少し泳いでみる。冷たくて気持ちいい。夕飯はT氏も一緒に天婦羅に挑戦。火力が弱くうまく揚がらない。シャモニー最後の夜は満ち足りた思いでゆったり時が流れていく。

[ロジエールキャンプ場 二人で14日分 80FF]