恐怖の高田山
 
日 時:2005年10月15日(土)
行 程:伊香保IC−920,950駒岩公民館−1025鳥居−1045,1050920m地点−1055獅子井戸の水場−1115稜線−1128,1135石尊山−12051090m地点−1210,1233昼食−1250石尊山−1320鳥居−1330駒岩


ルート断面図とルート図
高田山断面図 高田山ルート図
カシミール3Dにて作成しています

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「この前までたくさんいたけど、寒くなったからもういないと思うよ」 「さっきボス猿もいたし、雨だから今日は山に入るのは止めた方がいいよ」 登山口で出会った地元のおばさん二人は正反対のことを云っているが、遠路はるばる上州までやって来たのだから止める気など更々ない。この時は、想像を絶する恐ろしい事態が待っていることなど露ほども考えていなかった。

今回の上州高田山は、四万温泉と沢渡温泉の中間に位置し、標高1212mと低い山だが山頂付近は岩峰になっていて上級者向きのコースである。関越道を渋川伊香保ICで下り、四万温泉に通じる国道353号を進む。中之条ダムを過ぎて四万川沿いにしばらく登って行くと二股に《石尊山・高田山登山口》の大きな看板があり。それに従って左の道へ入るとすぐに《駒岩公民館》の表示あり。 こちらは小さいので見落として通り過ぎてしまった。コスモスの咲く公民館前の4〜5台がやっとの駐車場に車を置く。

   秋桜の咲く山里に雨煙り

空はどんよりと曇り、周囲の山にはガスが掛かっている。小雨が降ったり止んだりだが、傘を差すほどではない。高度計を560mに合わせ、10時前出発。駒岩バス停から左へ入る。すぐ上に中之条町が設置した注意看板があり、食塩水スプレーがたくさん置いてある。「吸血性のヤマヒルがいるのでこの忌避剤を使用せよ」とのこと。 皆、半信半疑ながら、一応靴やズボンにスプレーしておく。民家の間を抜けた村外れで二人のおばさんにヒルの話を聞き、小さな橋を渡って杉林に入った途端、後ろからおびえた叫び声が聞こえた。 「うわー、いるいる!!」 どうやら、パーティーの先頭が通り過ぎると、落葉や草陰に潜むヒルが気配を感じて頭をもたげ、後から来る人間の靴やズボンに張り付くらしい。恐怖に満ちた山行が始まった。何の変哲もない歩き易い緩やかな登りだが、いつヒルが付くか判らないので周囲を見る余裕はなく、皆、戦戦兢兢としてひたすら足元だけを見て歩く。
 
公民館入口 ヒル注意看板 ヒルに注意看板前にて
 
ヒルに注意看板前にて 獅子井戸の水場 石尊山
 
長さ2〜3cm直径1mmくらいの細いミミズのようなヒルが立ち上がって揺れている様は気持ち悪いことこの上ない。2〜3分おきに靴やズボンを確かめるが、薄暗いスギの森の中なのでよく見えない。

「うわー!」 ジャージーの膝辺りに付いているではないか。食塩水のスプレーは効果が無いのか?パニック状態になって手で払うが、頭と尻の両端でしっかり張り付いているので中々落ちない。やっと落ちたと思ったら何と指先に付いているではないか。一瞬、背筋が凍り付く。 「気色悪い!」 あわてて爪で弾き飛ばす。このしつこさは何なんだ。しばらく歩いてからまたチェックすると今度は靴に付いている。恐怖に駆られて傘で叩くが、靴紐を掛ける金具に隠れて中々離れない。何度も叩くうち傘の石突が壊れてしまった。木の枝で払うとその枝に絡みつくので、これまた厄介だ。 (後から考えると、あのスプレーは携行してヒルが出たら直接スプレーすればよかったのかもしれない)

「ギェーーー。なんだこりゃー!」 今度は道の真ん中に黒い不気味な生き物がいる。よく見ると大きなガマガエルがのっそり歩いていた。こいつは無害だ。ペースはいつもよりはるかに速く、大汗を滴らせながら追い立てられるように歩く。小さな鳥居を過ぎるとブナ、クヌギ、ダンコウバイ、ハウチワカエデ、ヤマモミジなどの明るい森になった。 10月半ばだが紅葉は例年より遅れており、緑の木々は色付く気配もない。

   山蛭に追われて登る高田山

大きなジグザグを切りながらぐんぐん高度を稼ぐ。もう10匹くらい払いのけたろうか。歩き始めて1時間近いが、とても休む気にならない。しかし、山頂まで1ピッチでは無理なので、920m地点で1本立てる。もっとも、休むといってもヒルがくっ付きそうで、座ることも、ザックを地面に置くことも出来ない。 従って、水も行動食も取り出せない。《獅子井戸の水場》という表示があったが、湧き水はない。尾根状になり、急なジグザグが続く。クリの実がたくさん落ちているが、器用に渋皮だけ残してきれいに食べられている。猿が多いのだろう。雨は止んで緩やかな稜線歩きとなり、やっとヒルの気配が消えてホッとする。
 
わずかな紅葉 ここから走る
 
地元のおじさんがヒルの事を教えてくれた 公民館でヒルをチェック
 
11時15分、樹林の中の小ピークを通過。高度計が1050mを差しているので石尊山かと思ったが、展望がないので一寸変だ。コアジサイの多い急な痩せ尾根を直登する。11時半、大きな山名表示がある石尊山(1049m)に到着。石の祠が祀ってある。さっきのピークはやはり違っていた。

ここは展望が良いはずだが、今はガスで何も見えず。チョコやサンドイッチで空腹をなだめる。気温は20度もあり、蒸し暑い。コマユミと思われる木が半分紅葉している。 岩混じりの尾根となり、泥と濡れた木の枝や根っこが滑り易い。乾いていればどうということもないルートだが、濡れているのでリョウブ、ネジキ、クロマメノキ、ミズナラなどの幹につかまりながら、若干緊張させられる上り下りをたどる。再び降り始めた雨がやや強くなったが、雨具を着るほどではない。 すっきりした岩登りではなく、泥混じりの草付きのようで一寸いやらしい。ルートを間違えると行き詰まってしまうので慎重に道を選ぶ。なるほど上級向きというだけあって、初心者にはとても無理なコースだ。ガスが深い。外傾してスタンスのない滑り易い下りに差し掛かった。

強引に下ればもちろん行けるのだが、スリップすると谷に転落してしまう。まだ先は長そうだし、これ以上雨が酷くなると岩場の下りは危険だ。ここから引き返すことにする。 ヒルの危険地帯をもう一度通らねばならないので気合を入れて下山開始。デリケートな下りをこなして登り返した所で昼食にする。小雨が降り続いているのでシートも出さず、立ったままおにぎりを頬張る。 風もなく気温は15度。一瞬、日が差したが、ガスが濃く視界は50m以下だ。右斜面の下の方に大きな猿がいた。あちこちから「キーキー」という甲高い声や「ゴホゴホ」こもったような声が響くので、かなりの数の群れらしいが姿は見えない。色んな鳴き方をするのはそれぞれに意味があるのだろうか? 12時50分、石尊山通過。わずかに雲が切れて、北の空にちらりと山が見えた。稲包山か赤沢山辺りだろう。940m地点で右に折れる。13時20分、小さな鳥居を通過。ここにも注意看板とヒル避けの食塩水を置く台があり。いよいよ杉林の危険地帯に突入だ。 「走るぞー」 後続に声を掛け、走り出したOに続く。傾斜は緩やかで整った道なので、どんどんスピードを上げる。道に覆い被さった草にはヒルがくっ付いているかもしれないので触れないよう飛び越える。鳥居から約1kmの下りを10分弱で走破。駒岩集落に着いてホッとする。

   蛭揺れる杉の林を駆け抜ける

地元のおじさんが色々熱心にヒルの事を教えてくれた。 《ヒルは雨の時や雨上がりに多く、晴天が2〜3日続くと出ない。春から秋までいるが霜が降りると出て来なくなる。昔いなかったヒルが出るようになったのはこの10数年で、猿が持ち込んだらしい。どこかに潜んでいるかもしれないから服を脱いで念入りに点検した方がいい。ヒルがいたら塩を撒くのが一番》 ということで親切にも塩をたっぷり分けてくれた。公民館の水道で靴の泥を落とす。 「うわー」 靴底のビブラムの溝にモゾモゾ動く奴がいる。 「帽子にも付いてるよー」 帽子を地面に落とした時に付いたらしい。ポトポト落ちるヒルに片端から塩を掛けるとナメクジのように縮む。ザックや脱いだ服を隅から隅まで念入りにチェックしたが、そのまま車に積むのは心配でビニール袋に入れる。それにしてもいくつか見た高田山のサイトにヒルの体験談がなかったのはどういう訳だろう。

春から秋までいるのならもっと目撃情報があってもよさそうなものだが。結局、パーティー8人のうち3人が被害に遭った。特にTは公民館で足をチェックしたら、まだ出血が止まっておらず、ふくらはぎが血だらけで悲惨なことになっていた。 まあ、ヒルで死ぬことはないとはいえ、気付かぬうちに糸のような細い小さな虫がペタッと喰い付いて払っても離れず、血を吸われるなんて身の毛がよだつ。大自然の中での厳しい体験は数限りないが、40年近い山歩き経験でこんな恐怖を味わったのは初めてだ。 将来、猿や鹿の増殖の影響で全国にヒルの山が増えてしまうのだろうか?ネットで調べると、木の上から雨のように降るケースもあるそうだが、そんな山には行きたくもない。今までヒルに出くわさなかったのは幸運だったということか?ともかく一生忘れられない山行となった。

*犠牲者の報告

【I】最初は左足首。足首が少し痛いので、ひょっとしたらと思ってのぞいてみたら、小枝のようなものがしっかりくっついていました。怖さをおさえて必死で取ろうとしましたが、張り付いていてなかなか取れません。何とか、ちぎるように取り払った所、そのときは血が出ませんでしたが、数分後、血が流れ落ちていました。 2回目は右足。靴下の中に違和感を感じ、まさか・・・と思いつつ、立ち止まるのもいやだったのですが、一大決心してチェック。靴の内側ベロ部を見たら、靴下の上から血を吸っていました。靴下をめくったら、1回目以上に血が滴り落ちていました。

【K】2ヶ所やられました。なかなか痕が消えません。

【T】都合4ヶ所やられました。随分と献血してしまったようです。その後は、温泉に入りまくったお陰なのか特にかゆみなど無いのが幸いです。