夏油温泉と炎熱の経塚山
 
日 時:2004年7月25日
天 気:快晴のちくもりのち雷雨
行 程:713夏油温泉−830林道下降点−845,908ロープ場の上−940,9452本目−1035,10441005m地点−1120,1130水場−1147,1157お坪の庭−12201180m地点−1250,1335水場−1410,1420995m地点−1458,1503830m地点−1520ロープ場下−1540沢出合−1600,1605林道−1655夏油温泉

ルート断面図とルート図
経塚山ルート図
 
 
経塚山断面図
カシミール3Dにて作成しています

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夏油温泉観光ホテルの軒下にはツバメの巣がいくつもあり、親ツバメが盛んに飛び交っている。雲一つない快晴だが非常に蒸し暑く、朝だというのに24度もある。旅館にクーラーもない標高600mの渓谷なのにこれでは話が違う。数日前、東京でも39.5度を記録したがとにかく今夏の暑さは尋常ではない。7時過ぎ、総勢12名の我がYAC部隊はゾロゾロと夏油川に掛かった橋を渡り、昨夜地元の鬼剣舞(おにけんばい)が披露された広場の横を通って登山口へと向かう。 四阿(あずまや)のような建物に案内板があり《夏油温泉 げとうおんせん》の由来が書いてある。「げとう」とはアイヌ語で「崖のある所」という意味の「グット・オ」が語源だそうだ。四阿の先が登山口になっている。この山はスギなどの植林が全くなく、サワグルミ、ハウチワカエデ、イロハモミジ、イタヤカエデ、ホオノキなどの落葉樹ばかりなので明るく爽やかだ。

今回は秋田県と岩手県の県境にある焼石連峰の一角、標高1372mの経塚山を目指すのだが、昨夜に続いて今夜も宿に泊まるので時間に余裕があり、皆にぎやかにおしゃべりしながらのんびりと歩を進める。この辺り、木々の緑が浅くまだ新緑の雰囲気で素晴らしい。これでこそ500kmも運転してはるばる遠くまで来た甲斐があるというものだ。しかし、この暑さは何とかならないものか。5分ほどで林道に出て一旦下る。道の右側に落石の直撃で凹んだらしい案内板があり、そこから再び山道となる。ほとんどサワグルミの森にトチノキ、ウダイカンバ、ミズナラなどが混じる。小葉が大き目で奇数羽状複葉になるのが特徴のサワグルミは普通すらりと真っ直ぐ伸びるのだが、ここのは根曲りしている。急斜面で雪が多いためだろう。

7時40分再び林道に出た。ここは牛形山への登山口になっている。両側から草が覆い被さるように生えた、緩やかな傾斜の狭い林道をゆっくり登って行く。当初の予定では、地図に駐車場マークもあったので、車で登山口まで行くつもりだったのだが、昨日偵察したら林道入口が凸凹で普通の車ではとても無理だとあきらめたのだ。風が全くないので、木陰を外れると猛烈に暑く汗が滴る。 気温はなんと29度。おいおい勘弁してくれ。これじゃあ遠くまで来た甲斐がないじゃないか。「おーい、車が来たよー」振り向くと床の高い軽トラックが狭い道幅一杯に登って来た。山仕事の人のようで通い慣れた感じでスイスイ行ってしまった。「えー!あの凸凹道を登って来たの?」「ジープでないと登れないはずなのに」皆あっけにとられている。道脇にホオノキの幼木、シシウドの実あり。ヤマアジサイの青い花が涼しそうに見えるのがうらやましい。

   炎天下 山紫陽花の 涼しげに
 
いざ出発 フキの葉で日傘ロープ場
 
K氏が大きなフキの葉を日傘代わりに女性陣に配っている。しばらく水平に進むと林道は下りになった。どんどん下ってしまう。地図に拠れば80m位下るようだ。 「あれー!折角登ったのにこんなに下るの?」「最後に登り返すの大変だな」皆からブーイング。沢の音が近付くと少し風が出て来た。2度ヘアピンカーブを曲がるとさっきの軽トラックが停めてあり、その先は右からの小さな沢が道を横切っていて車は通れない。ここが林道終点か?しかし、地図をよく見るとおかしい。登山口への下降点はもう少し先のようだ。沢を渡るとまだ林道が続いている。ぬかるんだ道を少し行くと左に道標があり夏油川への下降点となっていた。木の根が露出した急な道を降りるとすぐに赤い橋で川を渡る。この橋は長さ20〜25m位、川床からの高さ15〜20m位。つり橋ではなくがっちりした鉄橋に幅1m程の木の板が渡してある。傍らの説明板によれば冬には板を外すそうだ。やはり雪深いのだろう。

「河原で朝食を」と思っていたのに、昔あったという河原へ降りる道はなくなっている。仕方ないので10m程のロープ場を登り、狭いヤセ尾根の上でバラバラに座って朝食とする。何せ12人の団体なので休む場所にも苦労する。宿で作ってくれた弁当には大きなおにぎり2個に鮭の切り身や鱈子、漬物など思ったよりおかずも入っていて好評だ。いよいよ本格的な登りが始まった。急斜面のジグザグ道が延々と続く。木の根や岩がゴロゴロしていて歩き難く初心者向きではない。オオカメノキ、マンサク、リョウブ、ウリハダカエデなど見慣れた落葉樹が多い。

下山して来た若者二人と出会う。多分、金明水避難小屋に泊まって縦走して来たのだろう。右手に牛形山が大きく見え始めた辺りで1本立てる。気温は少し下がって24度。「山が牛の形なのかな?」「違うよ。あの右端のガレた北海道みたいな所が顔でその横に角が2本あるじゃない。身体は左の方だよ」「えー、どこー?よく判らないよ」「襟裳岬の所があごだよ」一頻りワイワイガヤガヤ牛形談義が続く。目の前には大きなゴヨウマツ。下の斜面にはナナカマドが群落を成すようにたくさん立っている。ヤマガラがのどかにツツピーを繰り返す。下の方でホトトギスがキョッキョキョッキョと一声鳴いた。また二人組が下りて来た。

この後も数組の登山者が次々に下りて来る。やはりかなりメジャーな山のようだ。その割りに登山道は歩き難くて時間が掛かる。平坦な尾根になってほっとしたのも束の間またすぐ急登になってがっかり。今度はシジュウカラがせわしない。ウグイスも負けじと囀り始めた。「この花クルマユリかな?コオニユリかな?」「葉が輪生して車輪のようだからクルマユリというんですよ。よく似たコオニユリは葉が違うからすぐ判りますよ」K博士が即座に答える。10時半過ぎ、1005m地点で1本立てる。歩き始めてもう3時間以上経ったのに御坪の庭はまだ大分先のようだ。計画した時間よりはるかに遅れている。この調子では山頂に着くのは何時になるだろう。赤トンボがたくさん飛んでいる。ガクアジサイのような白い花があり。

「この花ヤマアジサイに似てるけど少し違うね」「コガクウツギかガクウツギじゃないかな?」「ノリウツギじゃないですかね」K博士と意見が分かれた。気になったので、山で自生するアジサイについて調べてみた。これによると花期、生育範囲から見てK氏のノリウツギ説が正しいようだ。もっとも葉をよく見ていないから、同様に装飾花を持つスイカズラ科の仲間かもしれないが。それに林道にたくさん咲いていたのもヤマアジサイではなくエゾアジサイのようだ。ヤマアジサイもガクウツギも東北にはないらしい。尾根の右を巻くような道になってようやく傾斜が緩やかになり小さな上り下りが延々と続く。右手が開けて経塚山のなだらかな山容が遥か彼方に見えた。相変わらず風はなく真夏の太陽が容赦なく照り付け、タオルから汗が滴り落ちる。皆の足取りが重くなって来た。11時20分ようやく御坪の庭手前の水場に着いた。団体ツアーらしい大勢の中高年登山者が昼食を摂っている。枯れているのではと心配したが豊かな湧き水だ。

 
ゴゼンタチバナ 牛形山
 
冷たくてうまい。もう水筒の水はほとんど空だったから、もしこの水場が枯れていたらピンチだった。皆満タンにして出発。風穴になっているという御坪の庭を目指す。カラマツソウの可憐な花、ツバメオモトのツヤツヤした青い実がきれいだ。通常、標高1500m以上で生育するシャクナゲやダケカンバが早くも登場した。さすがは東北北部の山である。「うわー冷たい」と叫ぶのが聞こえた。ようやく待望の天然クーラーである風穴《御坪の庭》に着いた。日本庭園のように苔むした岩が重なっており、その隙間から冷風が出て辺り一帯ヒンヤリして涼しい。ダケカンバ等に囲まれた不思議な空間である。岩穴に温度計を入れてみると17度。岩の脇にはゴゼンタチバナの群落が見事だ。
 
水場で昼食 赤い橋
 
「私はもうここでいいわ」「私ももう歩けない」女性陣が動こうとしない。「もう12時前だし、ここで昼食にしよう。それで女性達はここで待っていて。元気な人だけ頂上ピストンすればいいよ」ところがアブが何匹もしつこくまといつくので仕方なく全員で先へ進むことにする。どういう訳か風穴を離れるとアブは着いて来ない。「アブも涼しい所がいいのかな?」ドウダンツツジ、コシアブラ、コメツガ、オガラバナ、シャクナゲなどが多くなって森林限界が近いと期待させる。振り返ると牛形山などの展望が広がって雄大だ。ようやく稜線に出て高山植物が見られるかと思ったが、稜線の左を巻くように平坦な道が続いており落葉樹林帯に戻ってしまった。

既に12時を過ぎており頂上はあきらめざるを得ないが、せめて高山植物帯までは行きたい。しかし、まだまだ先のようで、炎天下の登りが続く。「今日はここで引き返そう」12時20分、とうとうリーダーのHさんが決断した。1180m地点だった。高山気分を味わえなくて残念だが仕方ない。御坪の庭まで戻ると相変わらずアブがまとわりつくので水場まで下りて昼食にする。 先程は人であふれていた水場には誰もいない。シート2枚を大きく広げて靴を脱ぐとホッとする。ビールで乾杯。続いて水場で冷やしたワイン。時間もないのでお茶も沸かさず、YACとしては珍しくウィスキーもなし。宿の弁当とグレープフルーツで簡単に済ませ、早目に出発する。景気付けに笹の葉を裂いて草笛を吹いてみる。久し振りなのでうまく鳴らないが何度かやり直すと音が出始めた。 995m地点で休憩。これまでずっと快晴だったが少し雲が出て来た。尾根の左を巻くように下って行くとジグザグの道になる。この辺りはやや歩き易い。遥か下から沢音が聞こえ始めた。段々雲が増えて来る。遠くで雷も鳴り出した。一寸やばい。15時、830m地点で一息入れる。ジグザグを繰り返す度に沢音が大きくなって来る。

遠雷の 轟く峰を 下りける

九十九折れ 沢音近く なりにけり

15時半、ようやくロープ場まで降り着いた。雲が厚くなり雷も近付いて来る。宿に着くまで降らないで欲しい。赤い橋を渡り林道まで急坂を登る。林道のだらだら登りは疲れた足に堪える。16時、林道の登りが終わった地点で最後の休憩。黒い雲と共に雷がいよいよ近付いて来た。ここからは足早に下っていくのだが、牛形山登山口に中々着かない。雷鳴が轟く。「ポツリ」16時半頃、大粒の水滴が帽子に当たった。「あー、とうとう降り始めたよ」数秒後にパラパラ来たなと思ったらいきなりザーッと本降りになった。皆慌てて雨具や傘を取り出す。ズボンをはくのは面倒なので上着だけにする。牛形山登山口から山道に入り、しばらく下ると周囲が白くて見えない位の豪雨になり、何と雹までバラバラと降り出した。仕方ないので雨具のズボンを取り出す。さっきうっかりザックカバーをしなかったのでもうザックはびしょ濡れだ。大失敗。改めてザックカバーも着ける。瞬く間に道は川状態。宿が近いので慌てることはないが、山でこんな大雨は久し振りだ。まさに驟雨。シャワーを浴びているようで涼しくなっていい。しかし、雷が大音量で轟くので先を急ぐ。夏油温泉郷の建物が見える頃には雨は小降りになり、四阿に着いた時にはほとんど止んでいた。

驟雨浴び 雷鳴轟く 経塚山

宿に着いたのは17時前。わずか1372mの小さな山なのに往復10時間掛けても登頂出来なかったのは狐につままれたようで信じられない。それにしてもこの難路ではコースタイム6時間というのはどうみても無理だろう。酷暑と雷雨も加わってハードな山行になったが無事終わってしまえば、強烈な印象に残るいい思い出になった。

追記:夏油温泉は850年前に開かれた古い秘湯だが、元湯の温泉街の入口がバリケードみたいに封鎖されていて感じがよくなかった。我々が泊まった夏油温泉観光ホテルと元湯の仲が悪く、観光ホテルの宿泊客は元湯の露天風呂は有料だという。当然無料だと思っていたから何か気分悪く、2泊もしたのに誰もその露天風呂には行かなかった。観光ホテル専用の露天風呂は河原までかなり下るのだが野趣溢れていて感じがよく3度も入ってしまった。