忘れ雪の奈良倉山(1348m)
 
日 時:2004年4月4日(日)
天 気:雨のち雪時々くもり
行 程: 800上野原IC―850,900鶴峠―945,955一本目―1030松姫峠分岐―1045,1420奈良倉山―1515鶴峠

ルート断面図とルート図
奈良倉山断面図 奈良倉山ルート図
カシミール3Dにて作成しています

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予報では小雨のはずだったのに、低気圧に伴う前線が活発なようで上野原ICを降りる頃には雨脚が激しくなってしまった。モンデオは強まったり弱まったりして気をもませる雨の中、鶴川沿いの狭くてカーブの多い道を用竹、西原、長作などの集落を抜けて登って行く。「本降りだったら歩くのは止めて温泉でも行くか」「小降りなら空身で少しだけ散歩する?」「何とか止んでくれないかな」この天気では戦意を削がれてしまう。 標高約870mの鶴峠に着いたのは9時前。残念ながら願いも空しく雨が降りしきっている。「あきらめて温泉にする?」「歩き出す気がしないねー」ところが、いやいや車から出てみると雪に変わり始めているではないか!「お、これならいいや」「ここでみぞれだったら上部は完全に雪だな」急に元気が出る。雨と雪では全然気分が違う。雪なら大歓迎だ。予定通り出発することに決定。今年は正月から3回の山行がいずれもポカポカ陽気で、まさか4月に雪が降るなど想像も出来ず、ウールの帽子や手袋など持って来るはずがない。一瞬失敗したかと悔やんだが、気温は2度と冷え込んでいるものの風は全くないのでそれ程寒く感じない。この分なら雨具上下に夏用帽子と素手で大丈夫だ。

バス停のすぐ脇に《奈良倉山登山口》という新しくて立派な道標あり。道路の反対側には同じデザインの《三頭山登山口》の道標が立っている。いずれも去年の春三頭山へ登った時にはなかったはずだが。道路の擁壁の上に付けられた明瞭な踏み跡を歩き始めると通り掛った峠越えの車から物珍しそうな視線が向けられた。「こんな冷たい雨の中を歩くなんて物好きがいるんだなー」と思われているに違いない。ガイドブックにもないルートにしては立派な道だ。最近整備したのだろうか?

   峠より 別れ雪へと なりにけり
 
鶴峠付近 新雪の林 新雪の山頂
 
今回の奈良倉山は当初長作からのルートを辿るつもりだったが、ネットで鶴峠からのルートがあることを知り、こちらの方が登降差も小さく展望も良さそうなので変更してみた。この山は松姫峠から楽に登れるので休日は人が多そうだが、今日のこの天気では誰も来ないだろう。スギの植林の中、尾根の北斜面を緩やかに登って行く。木の根や岩などの段差もなく非常に歩き易い道である。しばらく行くと左にトラバースして尾根の南側に出た。この辺りはヒノキの植林地だが背の低い若木ばかりなので、晴れていれば三頭山や笹尾根などの展望が素晴らしいはずだ。しかし、今日は湿った雪が降りしきり、低く垂れ込めた雪雲が遠望をさえぎっている。尾根の上の方はかなりガスっており、道も木々も白く薄化粧して幻想的な雰囲気になって来た。展望に恵まれた尾根歩きもいいものだが、山慣れた者にとってはしんしんと降る雪の中を辿るのも悪くない。雪を被ったヒノキの若葉がわずかに紅いのが判る。

   春の雪 檜の若葉も 濡れそぼる

   唇に 触れては融ける 春の雪

   幽玄の 世界広がる 雪の尾根

   辿る尾根 思わぬ雪に 薄化粧

春だというのに野鳥の声もなく全くの静寂の世界である。地図にはない林道を横切ると再び杉林となる。杉葉は密生しているので森の中には雪がない。一本立てバナナやチョコレートなど食す。ザックにもかなり雪が積もって真っ白だ。「スギの若葉も紅くなるんだ」濡れているので判りづらいがよく見ると確かにほんのり紅い。今度はカラマツ林となる。依然として西へ向かう一本調子の緩やかな登りが続く。ようやく植林帯が終わりコナラ、イヌシデ、クロモジやシロモジなどの明るい林となった。無数に枝分かれした細い枝の全てが白く染められた落葉樹の雪化粧は実に美しい。まさか大月近辺の低山で4月に霧氷を楽しめるとは思わなかった。ラッキーである。但し、湿った雪なので落葉と一緒に靴にへばり付いて団子になる。「靴が団子になるなんて久し振りだね」

急斜面となり道はジグザグに切ってある。雪はいつの間にか止んだようだ。空も少し明るくなり、雪の上にかすかに影が写り始めた。「このまま晴れてくれないかな?」20mはあろうかという巨大なウリハダカエデがそびえている。 10時半、松姫峠への分岐を通過。例の大月市作成の道標に《右松姫峠》とある。ここから左の道を取りトラバース気味に少し進むと再び分岐があり、左から登って来る長作ルートと合流する。右に折れてカラマツの多い斜面を10分程ダラダラ登ると平坦な山頂に着いた。 11時少し前だ。積雪は数センチ。気温は0度。ここも展望はなく、もちろん誰もいない。もっとも、ツガやカラマツ、コナラなどに囲まれているので天気が良くても展望はないだろうが。三角点の周囲にはいくつも山名表示が立っていて目障りだ。

西寄りの斜面に平らな場所を探し、落葉の上の雪を払ってテントを張る。コンロを点けて昼食の準備に掛かる。今日の献立はキムチ鍋。コッヘルに豚肉、野菜、キムチなど入れて煮込む。ビールで乾杯。外は寒いがテントの中は別天地だ。続いてワインの栓を抜く。パラパラとテントに雪が当たり出したのも気にならない。食後の午睡を楽しんで、14時過ぎに撤収。今はほとんど止んでいるが、休んでいる間にかなり積もったようで数時間前の我々の踏み跡も消えている。新雪の道を下るのは実に楽しい。ここで雲が切れて笹尾根や三頭山の山並みが見えたら言うことなしなのだが。ダンコウバイと思しき小さな蕾が雪を被って凍えている。

   奈良倉は 春も足踏み 銀世界

   膨らみし 蕾凍みるや 四月雪

再び激しく降り出した雪の中をルンルンで駆け下りる。1時間弱で鶴峠に降り立つと峠の脇のスペースに置いた車は3cm程の積雪で真っ白になっていた。残念ながら展望には恵まれず春を見つけることも出来なかったが、何よりも忘れ雪のお陰で鮮烈な印象を心に刻む山旅となった。