炎熱の万太郎山(1954m)と花の稜線
 
日 時:2000年8月25〜26日

ルート断面図とルート図
 
万太郎山断面図
 
万太郎山ルート図
カシミール3Dにて作成しています

【第1日】
行 程:530土樽−620,640 林道終点−735,748 万太郎尾根−830,841 大ベタテの下−930,945大ベタテの頭−1030,1105 井戸小屋沢の頭−1145,1200 岩峰−1230,1242 万太郎山直下−1300,1310 万太郎山−1405 越路避難小屋

無人の土樽駅を後に関越自動車道と上越線のガードをくぐると、舗装された道は魚野川右岸を緩やかに上って行く。左手に谷川本峰が大きくそびえ、右手の関越自動車道を疾走する車の音が谷間にこだまする。道脇には背丈より高いススキやこれまた背の高い月見草がたくさん咲いている。ハリエンジュ別名ニセアカシアが多い。蓬峠への道と別れて再び魚野川を渡りかえして関越自動車道をくぐり、土樽パーキングエリアの横を通ると舗装が切れ、砂利道となる。

右手はるかに万太郎が姿を現した。ホオノキの若木があり、クマザサが増えてきた。いくつかの小さな沢を横切りようやく林道の終点に着いた。荒れた伐採地を越え、ここからいよいよ山道だ。すぐに谷川新道の分岐を過ぎ、杉林の急登となる。植林が切れてブナやミズナラの雑木林となる。ホウノキの巨木があり、オオカメノキの大きな丸い葉が目立つ。ブナの実が沢山落ちている。7時、武能岳の肩から日が昇った。木の間越しに厳しい陽射しが照り付け始める。少し傾斜が緩やかになって万太郎尾根に出た。正面には、大ベタテの頭から万太郎山へ向けていくつもの岩峰が重なり、巨大な壁となってのしかかってくるようだ。ブナの根っこにつかまって急な道をゆっくりとたどる。小さな青いオヤマリンドウが楚々と咲いていて、あえぎながら登る我々をわずかにほっとさせてくれる。

ミネカエデやナナカマド、シャクナゲなどの潅木帯となり日陰がなくなった。オオカメノキに葉が皮質で菱形、葉脈が目立つマンサクが混じり、セミが暑苦しく鳴いている。細くなった岩稜を越えて行く。一つ越えるとまた次の岩峰が現われる。尾根の左右はどちらも深い谷となって切れ落ちている。こんな景色の良い所では谷を吹き上げる爽やかな風が欲しい所だが、相変わらずほとんど風はない。どんどん気温が上がり、井戸沢の頭に着く頃にはヘロヘロ。万太郎谷を隔てた茂倉岳や一ノ倉岳がほぼ同じ高さになって来て「もうすぐだ」と励まし合う。モウセンゴケの群落あり。急な草付きのガレ場となって、三点支持が必要な岩稜帯が延々と続く。ねじけたダケカンバの間に点在する青紫のオヤマリンドウが目に鮮やかだ。シャクナゲにハイマツやオガラバナが混じる。ピーク直下で少し風が吹いてきた。道の傾斜もようやく落ちてきて万太郎山に到着。土樽から7時間半も掛かってしまったが、そんなことはどうでもよくなる大景観だ。360度の大展望に爽やかな南寄りの風が吹き抜け、疲れも飛んで行く。

東には谷川連峰、西には仙ノ倉がはるか彼方に大きく裾を広げている。遠くの山は霞んでいて同定出来ないが実に雄大な眺めだ。ふと見ると、黄色いマルバダケブキが咲いている。ここからはなだらかなクマザサの斜面を下る。樹木はほとんどなく背の低いタカネナナカマド位だ。ピンクのハクサンフウロが群落をなしている。花が終わったコバイケイソウや濃紺のトリカブトもある。程もなく、越路避難小屋に着いた。一寸早過ぎるが、今日の行動はここまでとする。かまぼこ型の新しい避難小屋は鉄製。大きさは7〜8人用。真新しいアルミサッシのドアを開けると木の床が張ってあり、ゴミ一つなく快適そうだが暑くてとても入れない。小屋の前の地面にテントを張る。しかし、1700mを越える稜線上とは思えない異常な暑さだ。夕闇迫る頃になって雄大な稜線には爽やかな風が吹き抜け、谷間からガスが上がりいい雰囲気になってきた。明日も早立ちなので早々にシュラフに潜り込む。




【第2日】
行 程:405 越路避難小屋−425,450 毛渡乗越−530,545 エビス大黒中間点−635,705 エビス大黒の頭−817,847仙ノ倉山(2026m)−933,947 平標山(1983m)−1015,1020 ケルンの広場−1055,1105 松手山手前−1120(松手山)−1147,1158 送電鉄塔手前−1235,1250  ミズナラ林−1310,1357 元橋−1435湯沢

翌朝、4時過ぎに出発。北の毛渡沢の谷の向こうに町の灯がきれいだ。中里か湯沢だろう。避難小屋から毛渡乗越までの下りは刈払いされておらず、クマザサが猛烈に生い茂ってヘッドライトの明かりではルートを見つけるのが容易ではない。暗闇の笹薮の中には岩がごろごろしており度々足を取られる。思わぬ時間を掛けて毛渡乗越到着。左には川古温泉へ下る道がある。ここからエビス大黒の頭まで300mの登りである。幸い道はきれいに刈払いされているので極めて歩き易く、先程の暗闇の下りとは大違いだ。徐々に明るさを増して来る稜線にはオヤマリンドウやトリカブトが点在して元気付けてくれる。 5時半、万太郎の右、東俣の頭付近から日が昇った。エビス大黒の頭はまだ遠い。稜線の右側ははるか下まで一面のクマザサに覆われているが、その緑のカーペットに朝の光がキラキラと反射して得も言われぬ雰囲気だ。左側は岩混じりの草付きの急斜面が切れ落ちている。この辺りハイマツはなく、クマザサの中からタカネナナカマドやミネカエデ等の潅木が頭を出している。クマザサの葉の上に朝露が大きな水滴になっているので思わず舌で舐めて掬い取ると、わずかな水分だが乾いた喉には十分な潤いだ。

   熊笹に 付きし朝露 もらい水

ようやくエビス大黒の頭に着いた。行く手には仙ノ倉、その左には平標山が大きくそびえ、山裾には平標山の家が小さく見える。振返ると万太郎がはるか彼方に霞んでいる。エビス避難小屋が豆粒のように見え出した頃、その上から下りて来る人影を発見。今山行初めての登山者だ。最低鞍部を越えて仙ノ倉への上りに掛かる所にエビス避難小屋があった。小屋というより、ドラム缶を少し大きくして横に寝かせたような錆付いた鉄の函である。ごみ箱の蓋のような扉を引き上げると中は本当にごみ箱状態だった。スペースは無理して二人分という所だ。ハクサンフウロが鮮やかなピンクで瑞々しい。良く見ると薄いのから濃いのまで、同じピンクでも微妙な個体差がある。刈払いされていない岩場の急斜面をゆっくり攀じ登る。斜度が落ちて意外にあっさりと仙ノ倉に到着。今山行の最高点である。遮るもののない山頂は大展望台だ。ロープで囲われた広くて平らなピークには、白い煙突のようなコンクリートの台の上に銅板の山名方位盤が設置されている。多くの山が見える筈だが、ほとんどは霞の彼方で、見えるのは東の万太郎と西の平標山くらい。平標山からは大勢の登山者がこちらを目指して登って来る。

カヤトやチシマザサの稜線をたどる。道の両側には、延々と自然保護の為のロープが張ってある。あっけなく平標に着いた。この山頂も展望は良いがやはり大勢の人がいる。ここから土樽へ向かう平標新道を下るつもりだったが「台風の為、道が荒れているので屈強な経験者以外無理」という看板に従い、元橋へ下りバスで湯沢へ出て、JRで車を置いた土樽へ戻る事にする。展望の良い、従ってカンカン照りのなだらかな草原を緩やかに下って行く。お花畑も沢山あったが、相変わらず列をなして登って来る人が多くて参った。しかし、ウメバチソウやハクサンフウロ、ミヤマミミナグサさらには黄色のミヤマオグルマ、白い小さな花がびっしりかたまっているヤマハハコ、薄紫の釣り鐘型の花を付けたハクサンシャジン(別名タカネツリガネニンジン)などが次々に群落を為して現われるので、大いに励まされる。特にハクサンシャジンの大群落には圧倒された。松手山を過ぎるとブナやミズナラの林の急な下りとなり、やっと日陰になった。涼風が吹き抜け天国だ。

   涼風が 水楢林を 吹き抜ける

リョウブが白い花を咲かせ、ミズナラのまだ青いドングリが落ちている。しばらくして送電鉄塔があった。遥か下に別荘地や駐車場が見え出したが、ここからが長かった。林が切れてまた炎天下の草原になり、ススキの間にタカネマツムシソウが紫の花を点けている。再び、ミズナラやダケカンバ、ウリハダカエデ等の林に入り、丸太で土留めをした階段状の道が延々と続く。二居川を渡ると立派な町営駐車場があり、右へ折れて元橋へ向かう。