ハクサンシャクナゲと高層湿原の栗駒山(1672m)
 
日 時:2000年7月22日(土)
行 程:500須川温泉−535,542自然観察路分岐の先−553,558 地獄谷−610昭和湖−640,652天狗平手前−720天狗平−745,800 栗駒山頂−815天狗平−913,925 秣岳鞍部−1025,1040 秣岳山頂−1145,1153 須川登山口−1240須川温泉

ルート断面図とルート図
 
栗駒山断面図
 
栗駒山ルート図
カシミール3Dにて作成しています

標高1100mの高原とは思えないほど、気温は高い。既にすっかり明け切った空には、宿の周囲にはたくさんの燕が飛び交っている。栗駒山は岩手、秋田、宮城3県の県境に位置する日本200名山のひとつで、今回は岩手県側の須川温泉から登って、秋田県側へ下山するルートをたどる予定である。5時に宿を出発。強い硫黄臭の中、舗装された階段をゆっくりと登って行く。その先は石とコンクリートで舗装された遊歩道が緩やかな登りになっている。程なく蒸し湯小屋が2棟あり、湯治のおばさん達が出入りしている。辺りは溶岩帯で、ナナカマド(奇数羽状複葉)、ミネカエデ(葉は5〜7裂、横長)、ヤマモミジ、イロハモミジ、ハウチワカエデ、マンサク、コバノガマズミ、オオカメノキなど実に多彩な低木広葉樹の林で明るい緑にあふれている。林が切れて名残ヶ原の湿原が広がった。木道の脇には黄色いキンコウカが群落を為しており、オトギリソウ、イワイチョウ、ワタスゲも点在する。あちこちのカヤのような草の茎に泡状の塊が付いている。モリアオガエルの卵だろう。トンボも沢山飛んでいる。

剣岳への分岐を過ぎて再び林に入る。スズランのような形のピンクの花をたくさん付けている木が多くなるが微妙に花が違う。ウラジロヨウラクは花の先端がおちょぼ口のようにすぼまっており、サラサドウダンは花びらに筋があり先端がやや開いている。ベニサラサドウダンは花が紅い。この3種が入れ替わり立ち代わり登場。自然観察路への道を左に分け、しばらく行くとゼッタ沢左岸沿いの道となり、沢を渉ると硫化ガスで涸れ沢になった地獄谷である。白い木の柵がルートに沿ってずっと上まで伸びているのが印象的だ。左上には栗駒山のなだらかな稜線が青空を画している。コバイケイソウの白い総状花が斜面右奥にちらっと見える。

この斜面の上が昭和湖だった。昭和19年の噴火で出来た火口湖は白っぽい緑色に濁っており、端の方では硫化ガスと思われる泡が沸き上がっている。湖の左手からやや急な登りとなり、ようやく山道らしくなった。チシマザサ(クマザサより葉が小さい)の中にミネカエデ、ウラジロヨウラクとナナカマドが目立つ。これだけカエデやナナカマドが多いと紅葉はさぞかし見事だろう。ずっと低木ばかりで背が高いのはたまにあるダケカンバだけである。杉や桧の植林が全くない自然林だけの山は明るく開放的で気分爽快だ。天狗平手前で1本取る。この辺りから高山植物が増えてきた。

タテヤマリンドウ(紫のきれいな花)、ハクサンチドリ(高山性のラン。花は総状で紫)、イワイチョウ(ミツガシワ科、5弁の白い花。葉が丸くラッパ状、イチョウの葉には似てない)などなど。ハイマツが増えてきて、ハクサンシャクナゲが目立つようになると主稜線の十字路になっている天狗平に到着。南面には雪田が残っている。北面にないのに、どうして南面に雪があるのか不思議だ。ここから左に折れて頂上を目指す。緩やかな登りには木道が敷いてある。ハイマツ帯の中でハクサンシャクナゲの白い花が実に瑞々しい。登り始めてからずっとあったオオカメノキとミネカエデがここにもたくさんある。標高は1600m級だが、十分高山の稜線漫歩の雰囲気を味わえる。細い稜線の右が宮城県、左が岩手県である。

   稜線の ハクサンシャクナゲ 瑞々し

7時45分、平らで広い栗駒山頂に着いた。小さな祠がある。360度の大展望だが雲がやや多いので、西の鳥海山、その左の月山、北の焼石ぐらいしか見えない。鳥海も月山も雪が多い。天狗平へ戻り、直進して潅木が密生する道へ突入。チシマザサ、ハイマツやシャクナゲの朝露がジャージーをビショビショにしてくれる。しばらく行くと露岩があり、その先はスパッと切れ落ちて、はるか下には竜泉ヶ原の湿原が幻想的に広がっている。秣岳とのコルまでの長い長いだらだら下りがいつまでも続く。風も当らず猛烈に暑い。まだ花を付けていないコバイケイソウあり。ウグイスがさえずり、アザミやハクサンシャクナゲにはみつばちが止っている。ようやく平らな道となり鞍部到着。振返ると1573m峰が大きく裾を引いている。

ここからは高原状のなだらかなカヤトとチシマザサの稜線をゆっくりと登って行く。背丈が1〜2mのハイマツ、ダケカンバ、ミズナラ、ナナカマドなどが点在する。アセビやコメツツジ(高山性のツツジ、1cm位の白い花、日本のツツジで花が一番小さい)もある。間もなく木道がない湿原となり、タテヤマリンドウ、キンコウカ、イワイチョウ、ワタスゲ、ヒナザクラ(白い5弁花)などがお花畑を作っていた。行く手の西の空に黒い雨雲が広がって来た。再び広い湿原があり、キンコウカとタテヤマリンドウの見事な大群落があった。何度かだまされた末、ようやく秣岳にたどり着いた。空はすっかり曇ってしまい、栗駒はガスの中。

秣岳「まぐさだけ」の「まぐさ」とは馬に食わせるまぐさである。そういえば牧場にしてもいいような斜面だし、草も豊富だ。オオカメノキや高山性のカエデであるオガラバナが多い。分岐で右折し、外傾した岩場をトラバース気味に下って行く。ブナの林に入った。直径40〜50cmの青年の木が多いが、中には70〜80cmの壮年の木が結構ある。2cm位の大きさでひげのついたブナの実がどっと落ちていた。ブナの実は栄養が豊富で小動物や昆虫の主要な餌になるのだが、5〜7年周期で全国一斉に大豊作になる。翌年は不作となり、前年に繁殖した小動物が減ってしまう。そして豊作年に食べ切れないほど実を作って、子孫を残すという戦略を取っているそうだ。どういう生態系で植物が一斉行動が取れるのか実に不思議だ。ブナの実は10月頃熟して枝に付いたままで裂開するそうだが、何故7月にしかも裂開しないまま大量に落ちてしまったのだろう? 根曲がりブナを見ながら下って行くと、広い車道に出た。かんかん照りの中、50分の苦行に耐え、観光客で賑わう宿によろよろと帰り着き、PH2.2という強酸性の温泉に浸かった後、ロビーで車座になって味わった冷えたビールのうまかったこと。