山旅1976年

正月合宿/聖岳東尾根〜茶臼岳縦走(1975.12.27〜1976.1.2)


畑薙〜聖岳3013m東尾根〜上河内岳2803m〜茶臼岳〜畑薙

メンバー:CL井形、SL磯貝・佐藤、土谷、多田、伊藤、森本、志村、村田
【ピッケル・アイゼン・ワカン使用】

[合宿にあたって]
本年も年間活動の総決算である正月合宿を迎えた。当初、鹿島槍天狗尾根が候補に上がったが、新人の大量加入もあり、全体のレベル向上を主眼として南ア南部を選んだ。天狗尾根は将来の課題として来年度以降に譲る。 46年八ヶ岳(2名)、47年上州武尊(4名)、48年五竜唐松縦走(3名)、49年早川尾根・甲斐駒仙丈(7名)と徐々にではあるが合宿参加者も増え、山岳会としての体裁を整えつつある。次の正月には2桁合宿を実現させたい。今回は9名の参加を得て、量的には過去最高の正月合宿であるが、内容的にも充実するよう全員の協力を望む。
[ポイント]
11月偵察でも明らかなように、東尾根倒木帯と白蓬の頭から東聖までのラッセルがキーポイントである。積雪量にもよるが、トレースがない場合相当のアルバイトを覚悟せねばならない。技術的には、1.奥聖の登りの雪庇の出方、2.前聖の下りの雪の状態、3.ガスった場合の上河内から茶臼への稜線のルートファインディング等が問題となろう。昨年に比してより「冬山らしさ」を味わえるはずである。体調を整えベストで臨んでほしい。
CL井形記

[以下社内報「光友」記事と手帳メモから構成]
当会は50年度正月合宿を南アルプス聖岳東尾根に計画した。天候に恵まれ、積雪の少なさも手伝って無事予定コースを踏破出来た。以下は雪山の醍醐味を満喫した6日間の記録である。

12/27 2328東京
横山、岡本、君島さんの見送りと差入れに感謝。予想に反し大垣行きは空いていた。

12/28 快晴 無風 243,514静岡―545,557金谷―700,718千頭―845,905井川―1015,1050畑薙第1ダム―1135,1145大吊橋手前―1230,1240畑薙橋―1325,1340中の宿の先―1430,14404本目―1520聖岳登山口(幕営)―1830消灯
入山者は40名位。仮小屋は二人のパーティーに先を越されたので外で幕営。

12/29 晴れ 300起床―505出発―557,615出会所―705,720 1600m地点―810,835 1900m地点―930,955 2100m地点―1100,1120 2200m地点―1220,1235 6本目―1335,1405 2400m地点―1500 2500m地点(幕営)
マイナス3度で寒くないし、雪もないのでダブルの靴は重くて暑い。伐採地を過ぎ、樹林帯の急登を順調に高度を稼ぐ。3本目あたりでようやく雪が出てきた。主稜線に近付くころ、倒木と共に雪も増えてスパッツを着ける。 先行する4人パーティーの踏み跡が深くなり、傾斜が落ちた途端、眼前に赤石岳の大パノラマが広がった。しかし、赤石も雪が少ない。ワカン、オーバーズボンを着ける。幕営地の積雪は70cm位。

12/30 快晴のち曇りのち地吹雪 250起床―535出発―625,6501本目―735,745白蓬の頭―845,8583本目―1000,1030森林限界―1140,1155東聖直下―1255,1320奥聖直下―14301440 7本目―1520奥聖(幕営)―2100消灯
マイナス8度。快晴無風で絶好のコンディションの中、聖岳目指して快調に出発。雪が増え、ワカンを付ける。1ピッチで昨日のパーティーの天幕を通過。踏み跡は消え、あとは我々だけの世界である。乾雪、湿雪そしてブレイカブルクラスト。 雪質の変化と久々の腰までのラッセルに、ピッチは大幅ダウン。10分おきにトップ交代。白蓬の頭で日の出を迎え、東聖岳へ連なる稜線へ。風強し。クラストした雪にアイゼン併用。純白のナイフリッジは天国への掛け橋か、地獄の門か。

聖岳直下でワカンを外す。40度の岩稜は中途半端に雪が着いていやらしい。確実にステップを切る。北西の風30〜35m、頬が痛い。典型的吹出しであるが降雪はない。身体を伏せ、ピッケルを頼りに一歩一歩前進。緊張する。これほど息の長い風もまれである。頂上近くの凹地にテント設営。

12/31 快晴 600起床―950出発―1010,1015前聖―1125,1200小聖の下―1210薊畑(幕営)―午後休養―2100消灯
マイナス17度。北西の風が相変わらず強い。3000mの壮大な夜明けである。雪煙からこぼれる陽射しは昨日の苦労を忘れさせる。雲海にひとり浮かぶ富士が大きい。前聖岳を踏み、薊畑へ。ここまで降りると気温は0度。本日はここで休養。寝袋を干し、日溜りで昼寝。夜は紅白と年越しそば。

1/1 快晴 300起床―600出発―655,700 1本目―810,825南岳―915,930竹内門―1025,1040茶臼小屋―1215,1255横窪―1345ウソッコ沢小屋(小屋泊)―1930消灯
マイナス10度。青白い山肌が一瞬ピンクに輝き、そしてオレンジ色へと微妙に移りゆく。空の青さに一層映えるモルゲンロートの聖岳。妙なる眺めである。踏み固められた茶臼岳への稜線をたどりながら、心は早や次の山行へ飛んでいる。嗚呼。[社内報「光友」掲載記事より]

1/2 晴れ 400起床―630出発―800,815畑薙大吊橋―905,1030畑薙第1ダム―1405,1539静岡―熱海―東京

[東京―金谷 国鉄1080円、金谷―千頭 大井川鉄道780円、千頭―井川 大井川鉄道600円、井川―畑薙第1ダム バス600円、畑薙第1ダム―静岡 バス1450円、静岡―東京 国鉄970円]

[メンバーの所感]
磯貝(SL):今回を含めて過去の合宿を振り返ってみると、正月だけの冬山合宿だけでなく厳冬期における合宿も今後検討していく必要があると思う。細かい反省は多々あるが、まず成功と見てよいと思う。今回のような尾根の縦走であっても、会全体の登攀力のレベルアップが必要。毎回のことであるが、バランス保持を基点とした雪上訓練の必要性を痛感した。

佐藤(SL装備担当):今回の冬山が私の山行の中で一番冬山らしい山だった。自らの足でルートを付けていくというのは、山登りの最高の喜びであり且つ大変素晴らしい。我がパーティーのラッセルのトレースは点々と連なっていて、振り返るたびにうれしかった。 しかし流石冬山。稜線上の風はやはり一級。あの風に対処し、且つ慣れなければならないと思う。アイゼン、ピッケルワークをまだ完全に体得していない者がいる。今後の努力を望みます。装備関係はほとんど事足りたと思われる。
   SLたる者、CLを補佐しなければならないのに、完全に怠ってしまい、多大の負担をかけてしまった。私個人の経験・認識不足を改めて知り、これからの課題としていきたいと思います。

志村(会計・記録):今回、雪が少なかったことと天候にも恵まれたせいもあって、思っていたより楽に縦走できた。そして初めて冬山の強風と地吹雪を体験し、興奮に似た感激で一杯で私としては十分満足している。 ただ、アイゼンワークがしっかりしていないため、聖の下りでびびってしまった。ちょっとしたミスも許されない冬山においては、もっと確実に各技術をマスターしてから臨みたいと痛切に感じている。そして何よりも楽しく縦走できたことに満足している。

多田(食糧):〈重量軽減〉を基本方針として村田氏と計画した。反面、量・質がおろそかになる恐れもあったが、結果から見ればこの点も満たされ、一応合格と言えよう。特にペミカンの利用が、重量・ゴミ・調理など色々な面で満足を得た。ただ一つ鶏肉が腐った。今後煮ていくなどの加工が必要であろう。
   初めての冬山。未熟な技術ながらも一応着いて行く事が出来、変化に富んだルートで種々の体験が出来、非常にうれしかった。行動中、常にカメラを首にぶら下げていたが、一応の成果を得、これもうれしかった。

森本(気象):気圧の谷が30日頃と4〜5日に掛けて本州付近を通過。28〜29日快晴。30日8時頃まで快晴、9時頃より地吹雪。山頂付近で北西の風30〜35m。約40mの突風あり。31〜1月2日まで快晴。
   全く初めての冬山であり、雪というものに余り接したことがないだけに今回の山行は印象に残るものであった。また、技術的にはまだ多くの課題があるが、特にアイゼンによる歩行は今後練習の必要を感じる。また、アイゼン・ワカンの着脱の遅れ等は他の人達に迷惑を掛ける可能性があるので、常日頃からすばやく出来るように心掛けたい。    また、今後ラッセルのトップをやることがあればパーティーのためにも十分なラッセルが行えるよう、技術的にも体力的にも向上を図りたい。また、無駄な荷物を省くよう心掛けたい。今後、冬山へ行く際も自分自身の技術に対し常に向上を心掛け、謙虚な態度で臨みたいと思います。

初めて冬合宿のチーフリーダーを担当したが、冬山初心者のメンバーが多く、精神的にも肉体的にも相当疲れたような記憶がある。CLとしての反省は残っていない。

 



個人山行/平標沢スキー(1976.3.5〜7)


  【山スキー、アイゼン使用】

3/5 2213上野
長岡行きの電車はやっぱり混んでいる。

3/6 300,330土樽―415,445鉄橋の下―530,550 2本目―650,705 3本目―755,805 4本目―815,830デポ地―925,950 6本目―1045,1120 7本目―1215 8本目―1410,1435急斜面―1530,1600平標沢源頭―1830デポ地―2100雪洞完成―2330消灯
道を間違えて15分ロス。鉄橋の下でスパッツとスキーを付ける。毛渡沢沿いに進むが、少し登り過ぎたので下り気味にトラバース。晴れてきた。正規のルートに戻る。7時半頃、仙の倉沢出合を通過。二人パーティーに追い着かれる。8時過ぎいい斜面があったので、雪洞地と決定。荷物をデポする。 快晴無風。非常に日差しがきつく暑い。カンバコギ沢出合から先行パーティーが尾根に取り付いたので、トレースがなくなり20cmのラッセルとなる。オーバーズボンを脱ぎ、平標沢の35〜40度はある急な沢筋を詰める。とても静かだ。

太陽がギラギラ照り付け、風もなく初夏どころか真夏の感じである。スキーのキックターンで登るのもきつくなったので板を外し、アイゼンを付ける。スキーをザックに付けたが余りの急斜面で板が雪面に当たって歩き難い。 45度を越える雪壁になった。スリップしたら一貫の終わりなので慎重に一歩一歩キックステップを切る。15時半、ようやく平らになり源頭のようだ。一面の雪で平標山のピークはどこか判らないが、時間も遅いので下ることにする。 未熟なスキー技術ではとてもターン出来る斜面ではなく、斜滑降キックターンの連続。キックターンも緊張を強いられる。細いダケカンバにしがみついて何とか向きを変える。山スキーが初めての多田はかなり遅れている。

30度位の普通の急斜面になり何とかターン出来るようになったが、雪質がコロコロ変わって滑りづらい。多田が転倒して足を少し捻ったらしい。マイッタ。彼にはゆっくり降りてもらうことにして、先行する。何しろこれから雪洞掘りの重労働が待っているのだ。デポ地に着いたのは日も暮れた18時半。 ヘッドランプを付けて雪洞を掘りながらも多田のことが気になる。この場所が判るだろうか?時々顔を出してウォッチする。ようやく彼が疲れ切ってたどり着いた。雪洞が完成したのは21時。それから食事の支度をして寝たのは夜中だった。実働17.5時間。疲れたC。

3/7 630起床―805出発―900,915鉄橋下―950,1116土樽―上野
くもりのち晴れ、鉄橋下で板を外す。すごく暖かい。

これほどの急斜面でスキーをしたのはこの沢が最初で最後。アイゼンで登るのがやっとという雪の壁を無理やり滑り落ちた感じ。1泊の日程で雪洞を掘るのは時間的に無駄が多い。しかもかなり手前に設営したので行動時間が長くなってしまった。山スキー初心者のTには悪いことをした。

 



個人山行/浅草岳スキー(1976.3.19〜20)


【山スキー使用】

3/19 2255上野
3/20 045,130高崎―425,535小出―623,715大白川―750,800集落の外―820,840 1本目―1000コル―1030,1040 2本目―1110,1150引き返し点―1400,1415 4本目―1445,1505大白川―小出―上野
東京は小雨がぱらついているが、天気図では冬型になっているので多分山は風雪であろう。ピークで吹雪かれたらヤバイ。いつもの長岡行きは超満員で乗れなかった。気狂い沙汰である。佐渡4号に乗る。大白川の駅は30cmの新雪で激しく雪が舞っている。ここでも20人程降りて混雑している。駅でオーバーズボンとスパッツを着ける。

集落の外れで早くもスキーを穿く。一面の銀世界。降りしきる雪でトレースは全く消されている。視界は100m。我々以外に3人パーティーがいる。2本目でシールを外す。天気は悪いし、雪も滑らないので下山することに決定。益々激しくなる雪の中、大白川の駅を目指す。駅のストーブで手袋を焦がしてしまった。

 



個人山行/平標沢スキー(1976.3.27〜28)


【山スキー、ピッケル、アイゼン使用】

3/27 1653上野―1855,1900高崎―2040,2100土樽―2235,2240 1本目―2300幕営地―2330消灯
くもり。土曜の午後出発なんて優雅。さすがに電車は空いてる。鉄橋下でスキーを付ける。暗闇の中にかすかなトレースあり。北越製紙小屋でツェルトを張る。

3/28 600起床―650出発―800平標沢出合―830,840 1本目―920,930 2本目―1010,1030 3本目―1100,1130 源頭―1230,1300林業小屋―1350,1400鉄橋下―1420土樽
雪、風はほとんどなし。ちょっと寝坊したので今日の予定はきつくなった。視界は50〜100m。時々ガスが切れる。平標沢出合を過ぎ、カンバコギ沢出合辺りからトレースは全くなくなった。2本目を過ぎてから急な沢筋となり、ガスが濃くなる。 徐々に傾斜が増して、35度を超えるアイスバーンとなり、スキーをアイゼンに換える。最後の詰めは45度を超える傾斜となる。朝から腹の調子が悪くてしんどい。11時源頭に着き、11時半滑降開始。雪質は最高。下手くそでもよく曲がる。林業小屋辺りから日が差してきた。 前回苦労したので雪辱戦だったが、すっきり登れた。雪質も良くスキーも快適だった。

 



個人山行/上州武尊岳(1976.4.2〜4)


【ピッケル、ワカン使用】

4/2 2320上野(佐渡4号)870円+400円 
4/3 225,728水上―800久保―830,840山口集落外れ―920,945上の原ロッジ―1035,1100林道―1110,1125林道終点(荷物デポ)―1140,1200取付き点―1230,1240最高到達点―1300デポ地(幕営)
くもり。久保に降りたが誰もいない。薄日が差してきた。高校生4人パーティーとすれ違う。5日前から入山し、避難小屋からアタックしたそうだ。雪が多く、今回のメンバーで登るのは厳しそうだ。昼過ぎ、ラッセルに疲れたので撤退とする。デポ地に戻り幕営。風はなくとても静か。

4/4 730起床―1015出発―1030,1045 1本目―1140,1305久保―1400,1421水上―1729上野

 



月例山行/三ツ峠登攀訓練(1976.4.17)


  メンバー:磯貝、佐藤、多田、伊藤、森本、高沢、梶、村田、志村、井形
【ザイル使用】

4/16 2138,2145立川―2220,2355新宿―
4/17 144,625大月―658三ツ峠駅―753,800ダルマ石―845,855尾根―940ゲレンデ―1000登攀練習開始【つるかめの下、地蔵(10分)クーロアール(20分)、亀第1クラック、大根おろし(2分50秒)】1600登攀終了―1615出発―1700,1705ダルマ石―1735,1750教習所前―1823,1850三ツ峠駅―大月―立川
立川で皆の乗った電車に遅れたので新宿へ向かう。大月駅で仮眠。待合室で一人ゆっくり寝る。三ツ峠駅に着くと直ちに出発。晴れ。富士山が少し霞んで見える。五合目から上は完全に真っ白。途中まで写真を撮りに来た単独の人と一緒。風がないので暑くてしょうがない。10時に練習開始。 疲れた。目茶苦茶疲れた。一人で帰るのはとても寂しい。幾度も振り返る。

[武蔵新城―大月390円、大月―三ツ峠280円]

何故立川からわざわざ新宿へ行ったのか意味不明。新宿から座るためか?夜行列車が立川に停まらなかったのか?一人で先に帰ったのは翌日の日曜日に職場の引越しがあるためだった。

 



春山合宿/鳥海山スキー(1976.4.29〜5.5)


メンバー:CL磯貝、SL井形、白数、佐藤、伊藤、森本、高沢、梶、志村
【山スキー、ピッケル、ザイル使用】

[目的と基本方針]

冬山合宿反省会において多く提起された雪上技術の習得および向上を主目的とし、従来のパターンにとらわれることなく各自創意工夫してスキー技術の向上も含めた、当会の雪上技術のレベル確立を計りたい。天候その他の条件により日程の変更があることと思うが、雪上訓練が惰性にならないようスキーをうまく組み入れ気分転換を図りたい。
CL磯貝記

4/30 2304上野(急行出羽)
5/1 805,840酒田―940大平国民宿舎―避難小屋にて停滞
南西の風強く雨。雲厚い。しばらく様子を見たが停滞と決定。

5/2 1105出発―1155,1215 1本目―1305,1320 2本目―1420 BC―2300消灯
1日遅れの出発。雨だが登ることにする。後からどんどん登って来る。視界30〜50m。現在地が判らなくなったので行動中止。雨は止む気配がない。16時の天気図を忘れたので22時の気象通報まで待つ。明日は晴れそう。

5/3 午前は雪上訓練とスキー練習。午後は鳥の海周辺でスキー―2100消灯
やっと晴れた。シュラフなどを干す。雪が悪くてスキー練習にならず。

5/4 600起床―800出発―840,850御浜小屋―910スキーデポ―935,950 2本目―1010,1050デポ地―1100BC―1300撤収―1345出発―1445,1530大平山荘―1600,1645吹浦―1715,1926酒田―
本曇り。また雨になりそう。ピークを目指したが、2本目で雨が降り出したので登頂はあきらめ下る。BCに戻ってスキー練習するが、再び雨になったので1日繰上げ撤収と決定。今日帰ることにする。志村さんがピッケルを落としたことに気付き探しに行く。登り35分で発見。下りはグリセードで4分。

5/4 413上野

[上野―酒田(急行)2900円、大平山荘―吹浦 タクシー3810円]

憧れの鳥海山までわざわざ来たのに雨続きで登頂を果たせなかった。ずっと雨だった記憶がある。

 



バスハイク/蓼科山(1976.6.11〜13)


6/11 夜大井町出発
6/12 大河原峠―蓼科山―女の神茶屋―八子ヶ峰―白樺湖(湖畔のホテル泊)
6/13 宿―車山―八島ヶ原湿原―強清水―大井町
[参加費6000円、募集人員40名]

 



夏山合宿/北アルプス裏銀座縦走(1976.7.30〜8.4)


黒部湖〜一の越〜竜王岳2872m〜五色ガ原〜越中沢岳2591m〜薬師岳2926m〜雲ノ平〜三俣蓮華岳2841m〜鷲羽岳2924m〜南真砂岳2071m〜湯俣出合〜葛温泉

メンバー:A隊 CL磯貝、SL多田、梶、原、竹内
 B隊 CL井形、佐藤、伊藤

[目的および方針]
2パーティーによる集中登山(三俣蓮華岳、三俣山荘付近)をねらう。 今回の合宿を実施するに当り、意見の食い違いから残念ながら問題を残したままの山行になってしまった。一つの山行をする時、個人あるいは全体において数々の目的を持ってとは必要条件であることは確かではあるが、パーティーを組む以上チームワークを第一と考え計画し楽しい登山をしなければ、他の目的など追求出来るものではない。 従って今回はパーティー登山における山登りの楽しみ方を考え実行し、チームワークの強化に努力してほしい。無論ではあるが夏とはいえ2000〜3000m以上の北アルプスの稜線を5日分の食糧テントを持って歩くのであるから、それだけの意気込みを持って参加すること。
CL磯貝記

7/30 2345新宿(アルプス8号)
7/31 618,625大町―645,730扇沢―746,835黒部ダム駅―1005,1020タンボ平―1130,1150タンボ沢―1240東一の越―1325,1410一の越直下―1415一の越―1540,1550獅子岳―1700五色ヶ原(幕営)―2020消灯
電車の混雑は大したことはなく乗車率150%程度。大町から扇沢はタクシー、扇沢からトロリーバスで黒四ダムへ。天気は晴れ。五色ヶ原まで快調に飛ばしたがしんどかった。A隊との交信は2回試みたが応答なし。

8/1 215起床―350出発―545,605越中沢岳―755,832スゴ乗越小屋―945,1000間山―1053,1123 2835m峰の手前―1217,1255 2900m点―1310薬師岳―1420太郎平(幕営)―1930消灯
ど快晴。朝は快調に飛ばす。スゴ辺りからカンカン照りでピッチダウン。間山で交信したがやはり駄目。2835m峰手前で大幅ペースダウン。2900m付近でやっと交信出来た。A隊は不動岳の1km手前。太郎平には2時過ぎに着いたが暑くて参った。

8/2 315起床―455出発―520太郎小屋―710,805薬師沢出合―945,955雲ノ平手前―1050,1145雲ノ平山荘―1415三俣蓮華岳直下(幕営)―三俣蓮華岳―2105消灯
小雨、気温高し。視界は200m程。時々強く降る。薬師沢出合付近で一旦雨は止んだが、雲ノ平手前辺りでまた強くなった。雲ノ平山荘に着いた頃には土砂降りになり、1時間ほど小屋で停滞。激しい雨の中、三俣まで来たが稜線は風がきつそうだし、三俣山荘素泊まりもいやなので、三俣直下でツェルトを張ることにする。夜になっても雨は止まず、何もかもびしょ濡れ。今夜は徹夜か?今日も交信はうまくいかなかった。

8/3 315起床―515出発―545,620三俣山荘―鷲羽岳―825,835水晶小屋(A隊と合流)―1000,1010分岐手前―1115,1125南真砂岳―1240,1300炭焼き小屋―1445,1505湯俣出合―1700,1715第5発電所―1840,1850七倉―2000,2020葛温泉―2040,2251大町―8/4 410八王子
小雨、気温低し。ガスっている。三俣山荘で土谷に遭う。鷲羽岳を越え、水晶小屋でA隊と合流。一応集中登山達成。雨が激しくなる。視界は100〜200m。南真砂岳を経て湯俣へ下山。湯俣からの5時間の車道歩きは疲れた。長いトンネルには参った。行動15時間。

[黒四ダム―葛温泉 水平距離62km、登高差 上り4800m、下り5300m、歩行距離推測 約80km。新宿―大町(急行)1980円、大町―扇沢(タクシー)@600円、扇沢―黒部ダム(トロリーバス)600円+100円、葛温泉―大町(タクシー)1970円]  

それにしても激しい雨の中よく歩いている。今ではとても出来ない。土砂降りの中でツェルトを張った三俣は忘れられない。当時、小屋泊まりは考えもしなかった。しかし、男3人でツェルトは狭かったろう。

 



夏季登攀合宿/穂高岳/奥又白(1976.8.13〜16)


メンバー:CL井形、SL磯貝、佐藤、伊藤

[目的方針]
将来の遠征に備えての基礎訓練及び会の山行技術レベルの向上を主たる目的とし、具体的にはスピーディーな登攀を主眼に本山行を計画した。昨年の北岳、剣に続き、穂高周辺での本格的登攀は当会として初めてのことでもあり、豪快かつ楽しい岩登りを期待したい。PR映画、スライド撮影はもちろん行う。
[目標ルート]
前穂東壁CBAフェース、東面北壁、右岩稜、�己�正面壁甲南・松高・北条ルート、�己�東南側フェース

8/13 2300新宿―
8/14 410,425松本―550,630上高地―717,722明神館―805徳沢園―(幕営停滞)
徳沢まで来たが前線が停滞しており、雨が激しく行動中止。天幕で延々とトランプのナポレオンをやる。

8/15 雨時々強く、停滞 持ち上げたスイカうまかった
8/16 640起床―850出発―1000,1020上高地―1135松本

[新宿―松本1780円、松本―上高地(タクシー)8000円、徳沢幕営料1000円、上高地―松本(タクシー)7000円]

折角の前穂高・奥又白登攀のチャンスだったが、雨のため断念。この後も機会はなかった。滝谷も行きたかったが、結局果たせなかった。心残りである。

 



鷹取山登攀訓練(1976.9.15)


【ザイル・アブミ使用】

鷹取山は横須賀に近いクライミングゲレンデである。高度感はないが、赤土の垂直の壁がいくつかあって、三ツ峠より近くて手軽だった。

 



個人山行/富士山/吉田五合目〜剣ヶ峰(1976.9.25〜26)


9/25 2145立川―大月―2330河口湖(仮眠)
9/26 432河口湖―515,550吉田五合目―732,740元祖八合目3250m―810,820八合五勺(荷物をデポ)―900,1010山頂神社―1040,1110剣ヶ峰―1140山頂神社―1155,1210デポ地―1240六合目雲海荘―五合目―河口湖―大月―立川
風はほとんどないがやっぱりかなり寒い。頭がぼーっとして足がふらつく。しんどい。八合五勺辺りから雪が出て来た。山頂でうどん食う。うまい。無風、くもり。雲が厚くなる。眠くてしんどい。

[武蔵新城―立川120円、立川―大月290円、大月―河口湖480円、河口湖―吉田五合目900円]

しんどくてふらふらすると言いながら驚異的に速い。吉田五合目から浅間神社までコースタイム6時間の所を、休憩を入れて3時間で登頂している。4時間の間違いではと思うが、それでもかなり速い。皆20代で元気一杯だった。 96年に御殿場口から登った時は、夕方歩き始めて徹夜で12時間以上掛かってしまい、ヨロヨロと銀明水に着いた時にはすっかり夜が明けていた。4倍位掛かったことになる。

 



個人山行/北岳バットレス第四尾根(1976.10.8〜12)


【ザイル使用】

[目的]
今シーズンは雨にたたられ本格的登攀は実施できなかった。黄葉のバットレスで優雅かつ精力的にトレーニングを実施したい。大混雑が予想されるが、継続登攀を目指して出来るだけルートを稼ぎたい。
[目標ルート]
第一尾根、第四尾根、中央稜ノーマルルート・ダイレクトルート、Dガリー奥壁、シュバルツカンテ

10/8 2130立川―2325甲府
10/9 630甲府―750,810深沢下降点―825,900広河原―945,955 1本目―1040,1050 2本目―1135二股(幕営)
小雨、気温高い。雨に煙る紅葉もきれいである。今年は雨ばかりだったので、今度こそはと期待したが、またもや本降りとなってしまった。もうイヤ!

この後はメモがない。結局第四尾根のみ登攀した。この時、Kが懸垂下降の途中で止まってしまい、宙ぶらりんになった。そのままでは転落しかねないので非常に焦ったが、他のパーティーに助けてもらい事なきを得た。懸垂下降もまともに出来ない新人を連れて行ったのは無茶だった。

 



偵察山行/常念岳〜蝶が岳縦走(1976.11.19〜23)


常念岳2857m東尾根〜蝶が岳2664m〜長塀山2566m

メンバー:CL佐藤、SL井形・磯貝、多田、伊藤、森本、志村、梶、村田
【ピッケル、アイゼン使用】

[目的]
今回の常念岳東尾根は、昨年の聖岳東尾根を一回り小さくしたような感じではあるが、北ア特有の気象変化、吹雪、強風そしてラッセルと色々と学ぶべきものは多数あると思う。各個人とも悪天候下でも行動できる真の実力を付けるよう、私を含め期待する。なお、11月といっても気象的には真冬と変わらないので、本合宿のつもりで参加してもらいたい。
CL佐藤記

11/19 新宿―アルプス8号
11/20 543,650豊科―720,725大平原―815,825 1200m地点―920,935 1600m地点―1027 3本目 くもり、10時頃あられ。上の方は風がきつそう。
(手帳のメモはここで終わっているので、以下は計画書による)― 2033m地点(幕営)

11/21 2033m地点―前常念岳石室―常念岳―お花畑付近(幕営)
11/22 お花畑付近―蝶が岳―蝶が岳ヒュッテ―長塀山―徳沢園―上高地(幕営)
11/23 上高地―釜トンネル―中の湯または坂巻温泉―新島島―松本―新宿

  
この山行は全く記憶にない。前回のバットレスの時と同様、手帳のメモが途切れている。いつも几帳面に記録しているのに何故だろう?しかも、正月合宿の偵察で重要な山なのにサボっている。 体調が悪かったのか?今となっては全く判らない。この山行から佐藤がCLを担当することになり、張り切っている様子がうかがえる。

 



富士山雪上訓練(1976.12.3〜5)


【ピッケル、アイゼン、ザイル使用】

[目的]
偵察山行も無事終わり各自ルートの確認をしたと思うが、まだ雪上における技術が納得できないものがあると思う。今回の訓練で基礎からあらためて修得するように各自臨んでもらいたい。なお、今年の富士の状況は厳しいものがあるので慎重に参加してもらいたい。
CL佐藤記

A隊 磯貝、井形、金子 登頂し、山頂にてビバーク。高度馴化を行う
B隊 佐藤、村田、土谷、多田、伊藤、森本、志村、梶 吉田大沢六〜七合目で雪上訓練

12/3 2355新宿(東北線事故のため40分遅れ)
12/4 120立川―220,626大月―723,845富士吉田―910,925馬返し―1015,1025 三合目手前―1120,1220五合目(設営)―1320六合目―雪上訓練―1420幕営地
12/5 230起床―355A隊出発―420佐藤小屋―445,455六合目小屋―545,555七合目下の小屋―655,735八合目―815,825元祖八合目―915,925八合五勺―955,1020九合鳥居―1110,1145山頂―1200,1215八合五勺―1300,1315六合目―1400幕営地―馬返し―富士吉田―大月―立川
無風快晴。0度。6時35分、七合目を過ぎた辺りで日の出ばっちり。雪温マイナス10度。八合目でアイゼン着ける。八合五勺辺りから頭がぼーっとして軽い高山病症状になる。バテバテ、メロメロ。10時に1回目の交信。山頂に着くころには完全にやられた。頭がふらふらして歩けず。マイッタ。北風10m位。

武蔵新城―富士吉田1020円、富士吉田―馬返し(タクシー1台)3000円]

アルプス遠征のために高度馴化すべく山頂でビバークする計画を立てたが果たせなかった。冬富士で高山病になってしまうようでは4800mは厳しい。翌年5月にもう一度山頂ビバークを計画している。

 
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